動物が登場することわざ

2021/03/12

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古来から、私たちの生活は多くの動物とともにあり、それに伴って動物が登場することわざも数多くあります。この記事では、そういった動物が登場することわざをご紹介していきます。

動物が登場することわざのまとめ

窮鼠猫を噛む(きゅうそねこをかむ)

「窮鼠猫を噛む」は、「絶体絶命の危機に瀕した弱者が、必死になって強者を倒す」という意味です。追い詰められて逃げ場がない弱者である鼠(ねずみ)は、天敵である強者の猫にでも噛みつくという様子にたとえて、このような言葉が生まれたとされています。

魚心あれば水心(うおごころあればみずごころ)

「魚心あれば水心」は、「相手が好意を持てば、こちらも好意を持つようになる」という意味です。政財界の癒着関係を表す際に用いられることもあります。

瓢箪で鯰をおさえる(ひょうたんでなまずをおさえる)

「瓢箪で鱠をおさえる」は、「掴みどころがなく、要領を得ないこと」を意味します。瓢箪で鱠をおさえようとしてもすり抜けていってしまう様子にたとえて、このような言葉が生まれたとされています。

虻蜂とらず(あぶはちとらず)

「虻蜂とらず」は、「あれもこれもと欲張った結果、何も得られないこと」という意味です。この言葉は、蜘蛛が巣にかかった虻と蜂を同時に捕まえようとして失敗した様子にたとえて、このような言葉が生まれたとされています。

二兎追う者は一兎をも得ず(にとをおうもはいっとをもえず)

「二兎追う者は一兎をも得ず」は、「欲張って1度に2つのことをしようとしても、結局どっちつかずになること」を指します。「虻蜂とらず」の類義語です。有名なことわざですが、読み方を間違えないように注意したいですね。

虎に翼

「虎に翼」は、「勢力のある者に、さらに力を加えること」を意味します。元々強い虎に、空を飛べる翼を付ければ敵うものがいなくなるということから、このような言葉の意味になったとされています。類義語として、「鬼に金棒」ということわざがあります。

豚に真珠

「豚に真珠」は、「貴重な物も、その価値が分からない者にとっては、全く無駄なものである」という意味です。非常に有名な言葉ですが、この言葉が「新約聖書」に出てくる言葉であることを知っている人は少ないのではないでしょうか。類義語として、「猫に小判」や「馬の耳に念仏」ということわざがあります。

蛇の道は蛇(じゃのみちはへび)

「蛇の道は蛇」は、「同類のやることは、どんなに微力な者であっても、他の者よりもよく知っている」という意味です。この言葉の「蛇(じゃ)」は大きな蛇のこと、対比として用いられている「蛇(へび)」は普通の大きさの蛇を意味します。「蛇(じゃ)」の通り道は、人間には分からないが、同類である蛇(へび)であれば知っているだろうというたとえ話から、このような言葉が生まれたとされています。

立つ鳥跡を濁さず

「立つ鳥跡を濁さず」は、「立ち去る者は、跡が見苦しくないように、きちんと後始末をしておくべき」という意味です。「飛ぶ鳥跡を濁さず」は誤用ですので、注意が必要です。

一寸の虫にも五分の魂

「一寸の虫にも五分の魂は、「どんな弱小なものにも、それ相応の意地や考えがあって馬鹿にしてはいけない」という意味です。また、力の弱い者が強い者に向かっていくときの様子にも用いられることがあります。

さいごに

このように、動物が登場することわざには様々なものがあります。類義語もあわせて確認すると、言葉の幅が広がるでしょう。ぜひチャレンジしてみてください。

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