食べ物が登場することわざ

2021/03/01

article_image

日本語には、食べ物が登場することわざが数多くあります。この記事では、よく耳にする食べ物が登場することわざについて、その意味をご紹介していきます。

ことわざ一覧

秋茄子は嫁に食わすな(あきなすはよめにくわすな)

「秋茄子は嫁に食わすな」は、「美味しい秋茄子は、もったいないから嫁に食べさせるな」という嫁いびりの意味と「茄子は体を冷やすことから食べなせない」という嫁思いの意味の2つがあるとされています。

餅は餅屋(もちはもちや)

「餅は餅屋」は、「物事にはそれぞれの専門家がいる」という意味です。この言葉は、餅をつく時は、餅屋に頼むのが1番上手くいくということから、このような言葉が生まれたとされています。

雨後の筍(うごのたけのこ)

「雨後の筍」は、「似たような物事が相次いで起きること」を意味します。春に、雨が降った後に筍が一気に成長する様子にたとえて、このような言葉が生まれたとされています。

腐っても鯛(くさってもたい)

「腐っても鯛」は、「優れたものは多少状態が悪くなったとしても、それなりの価値をとどめること」を意味します。この言葉は、高級魚である鯛は外側の膜が丈夫にできていて、傷みにくいことから、このような言葉が生まれたとされています。褒め言葉として用いられますが、「腐っても」というマイナスの表現を用いる言葉であることから、直接褒める相手に対して使用するのは避ける方がよいでしょう。

羊頭を懸けて狗肉を売る(ようとうをかけてくにくをうる)

「羊頭を懸けて狗肉を売る」は、「見かけが立派でも実質が伴わないこと」を意味します。羊の頭を看板に出して、実際には狗(いぬ)の肉を売っている様子から生まれたとされています。四字熟語である「羊頭狗肉」は同じ意味です。

棚から牡丹餅(たなからぼたもち)

「棚から牡丹餅」は、「思いもかけなかった幸運に巡り合うこと」を意味します。牡丹餅はなかなか食べることができないごちそうであったため、神棚にお供えしてあった牡丹餅が何かの拍子に落ちて、食べることができれば幸運であったことから、このような意味になったとされています。

親の意見と冷や酒は後で利く(おやのいけんとひやざけはあとできく)

「親の意見と冷や酒は後で利く」は、「親の意見は、その時はうるさいと思っても、後になればためになることが多い」という意味です。この言葉は、冷や酒は最初は酔わないが後になって酔いが回ってくることにかけています。類義語として、「冷や酒と親の意見は後楽」ということわざがあります。

花より団子(はなよりだんご)

「花より団子」は、「風流よりも実利を大切にすること」を指します。お花見の時に、桜の美しさよりも、お腹をみたす食べ物のことで頭がいっぱいである様子の人のことを指して、このような言葉が生まれたとされています。

青菜に塩(あおなにしお)

「青菜に塩」は、「人が力なく萎れてしまう様子」を指す言葉です。青菜に塩をかけると、塩による脱水作用でしおれてしまう様子から、このような意味になったとされています。

羹に懲りて鱠を吹く(あつものにこりてなますをふく)

「羹に懲りて鱠を吹く」は、「前の失敗に懲りて必要以上の用心をすること」を意味します。羹は熱い汁のことを指し、熱い汁を飲んだ時に、舌をやけどした者が、冷たい鱠を食べる時であっても、用心して息を吹きかけて冷まそうとした様子から、このような意味が生まれたとされています。

さいごに

一度は耳にしたことがあることわざが多かったのではないでしょうか。ことわざには様々な食べ物が登場します。正確な意味を知ることで、言葉の幅が広がります。ぜひこの機会の様々なことわざに触れてみてください。

>>新着記事一覧へ

同じカテゴリの記事